【コラム_03】タウトの建築


今回のコラムでは昨年訪れた建築について少し触れてみたいと思います。

一つは夏に訪れた静岡県熱海市にある重要文化財にもなっている旧日向別邸ともう一つは冬に訪れた桂離宮です。
この二つの建物に共通する人物といえば、ブルーノ・タウトです。


ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、簡単にご紹介すると、ブルーノ・タウトは日本では桂離宮を再発見したといわれた建築家です。
1910年のライプツィヒ国際建築博覧会での「鉄の記念塔」や1914年のドイツ工作連盟ケルン博覧会における「ガラスの家」などで評価され、ドイツ表現主義の建築家として世界的に知られています。
タウトが亡命という形で日本にやってきて滞在したのは1933~36年のわずか3年あまり。当時は建築家としての仕事もほとんどなく、ひたすら書き物をし、その間に多くの著書を残しました。


2008年にベルリンの6つのモダニズム集合住宅群が世界遺産に登録され、そのうち4つがタウトの設計です。それをキッカケに近年再評価されています。
個人的には馬蹄形をした特徴的なブリッツのジードルンクは学生時代に写真を見て印象的な建物として記憶に残っています。これらのジードルンクは当時、労働者のための住宅不足を補うためにローコストで大量に供給をしなければならない社会状況の中で造られました。タウトは直線的で白い箱の均一的なモダニズム建築でなく、曲線を用い、色彩豊かなファサードで景観にリズムとアクセントをつくり出し、単なる労働者住宅とならないようにデザインをしています。
築90年近く経つ現在も大切に住まわれていることを考えると、設計する側だけでなく、住む側の気持ちも環境を維持して行く上では大切だということがわかります。それがまた文化遺産まで押し上げたのかもしれません。
こうした世界的に著名な建築家であるブルーノ・タウトの作品が日本で見られるというのは貴重です。

この旧日向別邸を何で知ったかは記憶が定かではありませんが、ブルーノ・タウトの設計による建築が熱海駅から歩いて10分もかからない場所で、相模湾を一望できる立地に現存していて現在一般公開しているという情報を知って見学してきました。
施設を見学するには予約が必要で、入館料300円、所要時間は1時間程度です。
地下1階木造2階建の建物は地上部分の上屋を銀座和光、東京国立博物館、横浜ニューグランドなどを手がけた渡辺仁の設計によるもの。地下部分の内装をタウトが担当し、その地下部分が重要文化財の指定を受けています。地上部分を日向の家、地下の内装部分をタウトの部屋というそうで、2つ合わせて「重要文化財・旧日向別邸 熱海の家」と呼んでいます。

地下部分とはいえ、タウトの部屋は社交室のベートーヴェンの部屋、洋間のモーツァルトの部屋、日本間のバッハの部屋と命名された3つの部屋の続き間で約40坪ほどの広さがあります。洋間と日本間共に上段が設けられていて、そこから一望する景色がすばらしい。
素材の使い方をいろいろ工夫し、色を使っているところなどはタウトらしさが表現された空間になっていると思います。
当日はたまたま他の見学者もなく、1時間半近く丁寧で細かな説明していただきラッキーでした。

さてもう一つは桂離宮。
タウトが来日した翌日(それもタウトの誕生日)に見学する機会を得たのが桂離宮。(結局、ブルーノ・タウトは桂離宮を2回訪れた)タウトが「泣きたくなるほどの印象だ」と絶賛した桂離宮とはどんなものか、また建築を勉強してきた身としては以前から一度、この目で見てみたいと思っていました。
ただ実際に参観の申込みをしたのは今回が初めてでした。
時期も良かったのでしょう、抽選に漏れることなく昨年の12月に見学する機会を得ることができました。参観時間は約1時間。桂離宮内の庭園内には書院の他、松琴亭、賞花亭、園林堂、笑意軒、月波楼、といった建物が点在しています。
参観コースの関係上、それらを巡りながら園内を一周するので書院の前を通るのは最後。それまで庭園内をガイドの解説を聞きながら、参観者みんなで見てまわります。人数が多いと解説の声が聞こえないし、ゆっくり見ていると集団から遅れてしまいます。
また庭園内の通路は思ったより狭く、足もとを見ながら移動する場所もいくつかありました。全体的にはこぢんまりとした印象を持つ日本庭園で、紅葉の季節がちょうど終わりかけた時期だったので、落ち切っていない紅葉もあり、これから厳しい冬を迎える前にもう一踏ん張りという印象でした。こうした庭園は四季折々の姿があるので本来は四季を通じて訪れるのがいいのかもしれません。
庭園もすばらしいのですが、個人的にはやはり一番見たいのは書院群です。残念ながら現在は参観コースの中で書院内部は見ることはできません(その昔は中も見学できたようですが)したがって外部から、歩きながらの参観であるために、建物内部及び内部から見た景色は体感できません。日本建築の良さは建物内部と外部の一体感であって、外から見ただけではなかなかその良さは分からない。ちょっと残念です。(一度でいいから見てみたいです)

参観ルートに沿って園内をまわりながら、次第に書院へ近づいて行きました。結局書院の前は立ち止まることもなく素通りしただけでした。あっという間という感じで、もう少し空間を共有したい気持ちでした。

しかし初めて間近に見る桂離宮の書院群はなんか日本建築界のスーパースターに出会えたような感動と意外と写真で見ていたものよりボリュームが小さいと感じました。雁行した建物配置と入母屋形式の屋根、高床式の建築スタイルが視覚的に影響したのでしょう。周辺環境や建物のスケール、素材、色彩など、写真では表現しきれないものや写真自体に惑わされてしまう部分が多々あります。写真で見るよりも実際見たほうがいい場合もあるし、中には期待はずれのものもあります。
やはり写真だけでなく自分で体感してみるというのは大切なことで、初めてわかることが多いです。

一通り見て感じたことは、確かに世間でいわれているように高い評価なのもわかるのですが、一般参観ではその良さの一部分しか体感できないというのが正直な感想です。
それなのになぜ桂離宮は高い評価を受けるだろうか?その疑問に答えてくれる本が「つくられた桂離宮神話」(井上章一/講談社学術文庫)。考え方は人それぞれだし、感受性も個人差があるのでいろいろな評価がある。一概にこの本の内容が正しい正しくないという判断は出来ませんが、この本の中では時系列でどう桂離宮が評価されてきたを様々な資料を考察して書かれているので一読してみたら面白いかもしれません。

初の桂離宮は、あっという間の1時間でした。
次回はもう少し桂離宮を勉強してから参観してみたいです。
いつもこうした建物を見て感じることだけれど、桂離宮のような文化財はまた次元が違うのですが、建築は所有者が代われば、その用途や機能も使用する人に合わせて変更していきます。設計した建築家に惚れ込んで使い勝手が悪くとも作品として使い続けるというのも稀にあるかもしれません。しかしそういうわけに行かないのが建築であって建物が壊れされず、生き残って行くのは奇跡に近いと思います。

現在、文化財保護という観点から現状の維持ということが原則になっているそうです。当然、文化財といえども長い年月を経て使用している建物はその間に増改築、修繕によって姿を変えているものも多い。したがって創建当初の意匠や技術も大切ではあるけれど、積み重ねてきた歴史にも価値があり、あわせて建築の価値とみなされているのが通例だそうです。(中には創建当初の姿に戻すというのもあるとは思います)

15年間にも及ぶ昭和の大修理によって、現在見ることができる桂離宮はタウトが当時、目にしたものと100%同じとはいえないかもしれませんが、ずっと変わらないものがあってもいいし、変わらない価値基準があってもいいように思います。
文化財の世界では建築の記憶、土地の記憶に価値を見いだしているけれど、文化財級のものではない私たちが今、設計している住まいなどでも、住まい手がその記憶に価値を見いだしてくれるような記憶の継承を大切にした住まいづくりが出来て行ければと思っています。


さて話が長くなりましたのでこの辺で終わりにしたいと思いますが、桂離宮は基本的には平日のみの公開で、参観は無料です。参観申込は参観希望の3ヶ月前から往復はがきかインターネット、もしくは窓口に直接申込む方法で、少し手続が面倒かもしれません。しかし一度(いや何度でも)は見に行く価値はあると思いますので、興味のある方は京都観光を兼ねて申し込んでみたらいかがでしょうか。
今回紹介した2つの建築はなかなか何回も見に行くというのは出来ないし、ゆっくり自分のペースで見てまわるということも出来ませんが、できうるならばその場にじっと座って景色を眺めながら、その空間を味わってみたいと思わせてくれる建築だったと思います。

このブログの人気の投稿

【歳時記_04】清明 2019

【Topics_03】空き家問題とは

【ご挨拶】謹賀新年2021