【コラム_01】石見銀山を訪れて



昨年5月に島根県の石見銀山を訪れる機会を得ました。

ご存知のように2007年に世界遺産に登録され、登録前後にかなりの観光客で賑わっていたのをテレビを通じてご覧になった方も多いと思います。観光客のピークは少し落ち着いたものの今でも多くの観光客が訪れる場所となっています。
しかし観光客の増加とともに、普通に暮らしていらっしゃる方々にとっては暮らしが一転し、昼間から閉め切ってしまうお宅も多くみられました。日常と観光を両立する難しさを感じました。確かに観光客の中には観光地だからといって勝手に家の中に入ってきてしまう方もいるそうで、今までオープンな暮らしをしてきた人たちにとっては迷惑な話なのかもしれません。ただこの地域には宿泊施設が1カ所しかないためか観光客のほとんどは温泉津に宿泊され、夕方にはお客もまばら、ここがまさか世界遺産のまちとは思えないほどひっそりとしていたのも印象的でした。

また島根県といえば日本三大瓦産地の一つ赤い石州瓦が有名で、今でも歴史のまちなみが残る大森町には昔ながらの登り釜で焼き上げた自然な色むらのある瓦屋根が残っていました。しかし新しく葺かれた屋根は均一で、同じ瓦屋根であってもだいぶ印象が違って見えました。
この地域は今でこそ世界遺産とはなっていますが、他の地方と同じように人口は430人の小さなコミュニティで過疎化が進んでいた地域でもあります。その場所に松場大吉さんと登美さんのお二人が中心となってやってらっしゃる洋服ブランドの「群言堂」で有名な(株)石見銀山生活文化研究所の本社と群言堂本店はあります。洋服は女性物が中心ですが、単に洋服だけでなくそこから広がるライフスタイルに係る物をこの場所から全国にむけて発信していることはとても興味深く感じていました。
また茅葺きの古民家を広島から移築し、それを社員食堂にし、本店に20年近く、阿部家の改修に10年という時間をかけながら、多くのリノベーションを手がけています。それは単なる改修ではなく「復古創新」という言葉に表れているように、古い物を活かしながらその時代にあった新しいものを生み出していくことを実践され、それが日常生活に直結したところにあるのが、ちょうど自分たちが求めようとしているスタイルに近いと感じていたところでした。


ここ1~2年、今まで以上に意識的に自分の身の回りを良く観察し、季節の変化を体で感じ、日常生活の中で小さな幸せや小さな感動することを覚えながら、地域に根差しながらどう貢献できるのか、そしてそれらを住まいの設計にどう活かしていけばいいのかより強く考えるようになってきたそのタイミングで阿部家に一泊させていただきました。

大吉さんと登美さんのお二人とはわずかの時間でしたが、一緒に夕食をいただきながら建築のことや日本の暮らしや文化について話が出来たのはいい経験でした。またちょうど文化人類学を研究されているアメリカ人のジムさんも滞在されていて夕食をご一緒し、海外の方から見る日本の暮らしや文化についても話ができたのも良かったと思います。

夕食後には文明をいっさい排除したという「ろうそくの家」を案内していただき、電気のない部屋に和蠟燭の火がゆらめく中で、次第に暗闇に慣れてきた目を通して見える空間がとても新鮮で心地よく感じられ、経験したことのない空間がそこにはありました。
スイッチを入れれば電気がつくのが当たり前という時代に生きていることに対して何の疑問ももたなくなってしまった。電気のない時代、ろうそくの火や月明かりだけで夜を過ごしていた時代の暮らしはどうだったのだろうかと想像しようとしても、実際に暗闇の世界を想像するのは難しいです。

これがきっかけになったというわけではないのですが、最近、よく月を見るようになった気がします。満月の月明かりはとても明るく、すべての明かりを消してみるとその明るさはより際立つことでしょう。満月の時は明るくてもほとんどの夜はやっぱり真っ暗だったに違いありません。
銀山を訪れたのは5月でしたが、山間にあるために夜はひんやりして少し寒かったのを覚えています。そして普段見ることが出来ない星空がとてもきれいで、本当はこんなにたくさん星が見えるのに見えない場所に住んでいるのは幸せなのだろうかと、ふと考えてしまいました。

翌日の朝食後には阿部家のスライドを見せていただき、いろいろなエピソードを登美さんから聞かせていただきました。その後は時間の許す限り、大森町のまちを散策してまわりました。たった一泊でしたが自分にとってはとても貴重で、充実した経験ができたと思います。またこうした経験を少しでも設計に活かしていきたいと思います。
各地では空き家バンクで空き家情報を発信して、空き家の活用を促しています。今後は住宅だけでなく、建築全体の問題として新築中心というよりもリフォームやリノベーションをはかることが、今後の中心課題となっていくと思いますし、新築であってもメンテナンス計画をしっかり立てていくことが大切で、長く住み続けられ、住み継がれるものをしっかりと設計していかなくては行けない時代となるでしょう。
太陽光発電やオール電化などは否定しませんが、設備機器は毎年性能の良いものが出てくるし、機械である以上、耐用年数にも限りがあるのも事実ですし、メンテナンスフリーというわけにもいきません。結局コストをどこまでかけるかということにはなるでしょうが、もう一度、どう住まうか、どう生きるかを考えてみることは大切なことだと感じています。
今回の経験を通じて同じ日本に住みながらも都市部と地方ではやはりそのライフスタイルは違ってくるのは当たり前だと感じましたし、今となっては消費大国というよりも浪費大国となってしまった日本が世界に誇れる省エネ大国になるためにもライフスタイルの見直しはもちろん、設計する側の意識も変わっていく必要があるように感じます。


本来、住まいというものはその地域の材料でその地域、風土にあったものが建てられるのが一番だと思います。しかし現代のような時代にあっては、かえって地域性の強いものは建てにくくなっているのも事実です。
今はまだ力不足かもしれませんが、出来る限り日本の文化を大切にし、季節の室礼そしておもてなし、またその地域が持っている地域力を活かす暮らし方を考えた住まいを実現していきたいと思っています。

2010.4.4コラム再掲

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